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獅子舞のはなし
むかし、秩父の山から猪や鹿が出てきて畑を荒らし、川田谷の百姓たちは、大変困っていました。刀や弓ぐらいではとても退治できず、秋の実りの頃になると百姓たちは、集まって相談をしましたが、なかなかよい案がありません。
 この村に猿によく似た才郎という子どもがおりました。
「さる馬鹿、さる馬鹿」
と、みんなに馬鹿にされて育ちました。
 ある日、才郎は、
「山に行くから弁当をつくってくんろ」
とおかあさんに頼みました。
 そして、それを腰にさげると秩父の山を目ざして、出かけて行きました。
 その日から才郎は、腰弁を下げて、毎日せっせと山へ出かけ、夕方になると帰って来る日課が続きました。そうなるとますます村びとたちから馬鹿にされました。
 才郎が山へ出かけるようになって一年が過ぎ、二年が過ぎました。それでも才郎は、毎日山へ出かけて行きました。
 才郎は、秩父の山奥から下りてきて、この村の近くの山にすみついた猪や鹿を退治して村びとたちを安心させてやろうと、山へ行っては猪や鹿を見つけて歩いていたのです。ようやく見つけた時は、退治するどころか、追いかけられてやっと逃げて来るのが精一ぱいでした。ところがそうしているうちに、才郎は、猪や鹿の住みかを見つけることができました。
 近づくと退治どころか。自分の体が危なくて一目散に逃げなければなりません。
「さあて、どうしたらいいんだんべ」
そう言って大きな松の木の根元に腰を下ろしました。
 自分のひざがしらをかかえこむようにして、すっかり才郎は考えこんでしまいました。とほうにくれていると、すーっと真白なひげをはやした、やさしそうなおじいさんがあらわれました。
「才郎よ、おまえは感心な子じゃ、よくも毎日畑を荒らす猪どもを、退治しようと山に入ってきおったな」
 びっくりした才郎は声も出さず、じっとそのおじいさんを見つめるばかりでした。
才朗と獅子 「どうじゃ、才郎、おまえにこれをあげよう。これさえ持っていればこわいものはないのじゃよ、困った時はこれをふりあげて逃げなさい」
 そう言うとおじいさんの姿は消えてしまいました。才郎はひざをかかえていた手をはなし、目をこすり、頬をつねってみましたが夢ではありません。足もとに采配があるのです。それからというものは、ますます才郎は山へ通いつめるようになりました。
 何年も山へ通っているうちに猪や鹿を支配している獅子の王様がいることを知りました。
「これはしめた」
才郎は、心の中でこう叫びました。
 それからは、王様の男獅子と女獅子と友だちになることにしました。 何日か経って、ようやく女獅子は才郎になじみ、近よってくるようになりました。
 ある春のうららかな日、才郎は女獅子をさそって、山あいのお花畑に花見に行きました。花かげで、おかあさんのつくってくれた弁当を女獅子に食べさせてやると、
「しばらくここにかくれていてくれよ」
そう言って、才郎は獅子の住む山へ、引き返して行きました。
 すると山では才郎のもくろみ通り、男獅子どうしが喧嘩(けんか)をしていました。
「おまえだ、おまえがかくしたのだ」
「何を!きさまこそ女獅子をどこへやった」
ものすごい勢いで体当たりし、からみつき、両方とも必死で争っていました。
 大きな声は山中にひびき、地面にたたきつけられると、地震のように山がゆれ動きました。もう大丈夫と思った才郎は、二匹の獅子の真中に采配をあげておどり出ました。
 すると、二匹ともあわてて逃げ出しましたが、とうとう後になった方の獅子を、才郎はやっつけてしまいました。
 大きな獅子を退治して、才郎は得意そうにそれをかついで山をおりて来ました。猪と鹿もブルブルふるえながら木の陰から見ていました。
 村人たちは、馬鹿の才郎が大きな獅子をかついできたのにびっくりしてしまいました。翌年も、その次の年も、もう猪や鹿に荒らされることもなく、百姓たちは、安心して秋の取り入れができるようになると、誰一人、「猿馬鹿」などと呼ぶ者はありませんでした。  やがて、才郎が死ぬと、村人たちはていねいに葬り、秋のみのりの頃になる十月十五日に、才郎を祭って偲んだと言うことです。
 また、その日には、獅子舞を奉納するようになりました。